9.28.2000

No.0063

『入れ歯を入れる』とは、辛い事?!

 依然、私がまだ若き勤務医だったころのお話です。当時勤めていた歯科医院に、歳は23才のそれはとても美しい女性の患者さんが、初診でみえました。その方は「前歯をきれいにしたい。」ということで来院されました。早速、彼女のお口の中を診てみると、驚く無かれ、下あごの左右の大臼歯4本すべてが、既にありませんでした。私は、本人の気になさっていた前歯より、奥歯の欠損(歯が無くなっている事)に注意が行ってしまい、「前歯を治す事自体は何ら問題はありません。しかし、その前歯を安心して長持ちさせる為には、奥歯に入れ歯を入れて噛み合わせの安定を図ることの方が、先ずは大事な事なんですよ。」「治療の順番として、第一段階は『入れ歯の制作及び装着・安定』になります。」とご指導しました。『入れ歯を入れる』治療は、前歯のこと意外でも、大切な事であることも具体的に彼女に説明しました。しかし、「おばあさんになってしまう様で、入れ歯は入れたくはありません。」と直ぐには、彼女は入れ歯の治療を承諾されませんでした。

 “入れ歯”といえば、“年寄りがするもの”という、先入観がある為ためでしょうか?。しかし、“入れ歯”を初めて入れなければならないという場合、抵抗があるのはけっして若い人だけではなく、老若男女の問わず殆どの人達が抵抗感を持つものなんです。その理由は、「年をとったと感じる」,「入れ歯は汚い」,「話をしているときに飛び出てくるのではないか心配だ」などと様々あります。実際に“入れ歯”を装着した時には、もっと大変です。「痛い!」は,「鬱陶しい!」は,「しゃべれない!」は,「噛めない!」は,「こんなもの入れていられるか!!」ということとなります。

 しかし、そこであきらめてしまいますと、いつになっても入れ歯を使いこなすことは出来ないのです。

 考えてみますと、【噛む】という動作は大雑把に言えば頭蓋骨の硬いところに下あごの硬いところをたたきつけて食物を砕いているようなものです。そこに、舌が『餅つきの合いの手』の様に、うまい具合に働いています。ダイナミックな動きの中に繊細な働きも同時に行っているのです。その様なところに“入れ歯”という道具が急に入ってきても、すぐにうまく使おうと言うのは土台無理です。やはり、練習をしなければそう簡単には使いこなすということは出来ないのです。

 “入れ歯”に慣れないうちは“小さな入れ歯”だと当然入って無い方が噛みやすいし,ましてや、前歯が無いのでなければ、奥歯の1本や2本そこに歯がなくても、本人は不自由を感じません。そんなこんなで、そのまま放置してしまうことが多く、どんどんお口のバランスが崩れてしまうのです。

 “入れ歯”を入れる事は、決して恥ずかしいことではなく、そのままにしておく事の方が、だらしなく恥ずかしい事だと説明すると、結局、その女性はなんとか“入れ歯”を入れることに了解をしてくれました。当然、「痛い」とか「しゃべれない」とか「違和感が強く頭まで痛くなる」とか、当初はいろいろ訴えていました。

 しかし、根気よく調整を繰り返して行くうちに、なんとかうまく使えるようになってくれました。“入れ歯”にすっかり慣れてきた頃には、“入れ歯”の取扱方も丁寧で大切になさっていました。歯医者として本当にうれしく感じました。

 “入れ歯”が汚いのは使う人によります。きれいにしていないとカビは生えますし、ばい菌の温床ともなります。日々綺麗にしている人の“入れ歯”は本当に綺麗です。汚い使い方の人の“入れ歯”は、ぬるぬるして熟成されたようになっています。入れ歯のイメージをアップする為にもきれいにしていて欲しいものです。

 しかしながら、“入れ歯”が絶対いいといっているのではありません。他の歯の代用となるものがもっと進歩すれば、“入れ歯”もなくなるかもしれません。インプラントと言う骨の中に人工物埋め込むというテックニックもありますが、保険の適用ではありませんし,それですべて良しというわけでもありません。

 何れにせよ、歯を失わないように心がけ、不幸にして失った場合は、“入れ歯”で補いバランスを保つということが何より大切なことです。


下村先生

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