皆さんはご自分の乳歯が初めて抜けた時の事を覚えておいででしょうか。そしてその乳歯をどうされたか覚えておいででしょうか。
何故こんな事を言い出したかといいますと、ある日乳歯の抜歯を終えたお子さんと付き添いで来られた祖母の方が待合室でこんな話をしていたのが耳に入ったからなのです。
「今日は下の歯を抜いてもらったのね。お家に帰ったら屋根に向かってこの歯を投げるんだよ。いい歯に代われって言いながらね。」
お恥ずかしい話ですが、私は歯科医師の立場で毎日のように乳歯を見ていて、乳歯の抜歯をしない月はないという生活をしているにも拘らず、この話を耳にするまでそんな風習があったことなどすっかり忘れていました。
さて、後日、自分も子供の頃「いい歯に代われ。」と言いながら抜けた歯を投げた思い出があるというのを愛媛県出身の妻に話したところ、歯を投げるのは一緒でも「いい歯に代われ。」とは言わず、上の歯が抜けた時は床下に投げ入れ「鼠の歯と生え比べしてわしの歯先に生えろ」、下の歯の時は屋根へ投げて「雀の歯と生え比べしてわしの歯先に生えろ」と、歌いながら歯を投げたのだという事を聞き、大変驚かされ且つ興味が湧いてきました。
そこで、全てではありませんが日本各地のこの風習を調べてみたところ、以下のような事がわかりました。
*東北地方
上歯は流し下、下歯は厠(かわや=トイレ)の屋根に投げ
「鬼の歯より良い歯生えれんよ〜」と唱える。
*関東地方
上の歯は屋根の上、下の歯は縁の下へ投げて
「鬼の歯とかわれ、鼠の歯とかわれ」と三遍唱える。
または「いい歯に代われ」という。
*信越地方
上歯は下へ、下歯は上に向けて投げ
「鬼の歯は後から生えろ、おれの歯は先に生えろ」と唱える。
*東海地方
上歯は軒下の雨垂れの落ちる所へ捨て、下歯は屋根の上に捨てる。
「いい歯が生えろ」と唱える事もある。
*北陸地方
上歯は溝に、下歯は屋根に投げ
「鼠の歯生えてくれ」と唱える。
*近畿地方
上歯は床下に、下歯は屋根の上に投げて
「鼠どん歯の生えます様に」と唱える。
上歯は雨垂れ溝に埋める事もある。
*中国地方
上歯は床の下に投げ込んで「鼠の歯と換えませう」
下歯は屋根に投げ「雀の歯と換えませう」と叫ぶ。
*四国地方
前述しましたので、ここでは省略。
*九州地方
上歯は縁の下に、下歯は屋根の上に投げ
「鼠殿と早く歯の生えくらべ」と唱える。
まず抜けた乳歯をどこに投げるかですが、上の歯は『縁の下・土台石の下・流し下・床下・雨垂れの下・庭先』、下の歯は『屋根の上・便所の屋根・屋根瓦の上・場所の指定なくただ上』といった具合に多少の違いはあるものの、丈夫な歯の成長を願って上の歯は下に向かって、下の歯は上に向かって投げるというのは全国共通のようです。
次に歯を投げる時の掛け声についてですが、『鬼の歯とかわれ・鬼の歯より先に生えろ・雀の歯とかわれ・雀の歯と生え比べ・鼠の歯と生え比べ』といったものが多く、私の出身である神奈川県の『いい歯に代われ』やこれに近い表現は少数派だったのは予想外でした。
因みに世界に目を向けてみますと、日本と同様、上の歯を下へ・下の歯を上へ投げるところもありますが、全く違った風習のところも見受けられます。
例えば、アメリカ・西欧などは、「枕の下に入れて眠ると妖精やネズミがお金やプレゼントと換えて行ってくれる」といった言い伝えが多いようですし、東欧では「ペンダントやキーホルダーにして身につける」ところや、中近東では「記念品として小箱に入れておく」ところがあるようです。又、犬を守り神とする地域では、若い犬に食べさせる風習もあるとの事で、実に多種多様です。
時代を越え、距離を越えて受け継がれ現代に伝わる風習。洋の東西を問わず、子供達の健やかな成長を願い、祝うこれらの風習に心温まるものを感じるのは私だけではないと思います。
現代はアパート・マンション等の集合住宅にお住まいの方が多いので、昔のように屋根の上や縁の下に歯を投げるという事をそのまますることには難しい事情もあるかと思いますが、風習の中に込められた思いは大切に受け継いでいきたいものです。
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