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10.18.2001

No.0118

大人の都合・子供の気持ち

 当歯科医院へ約1年間通院された、ある5歳の女の子のお話をしたいと思います。
 その女の子は、もともと当歯科医院へかかる前までは、極度の【歯医者嫌い】で、歯科医院の前を通るだけでも大泣きしてしまう程でした。テレビのCMに歯医者さんが出てくると、直ぐにチャンネルを変えてしまうという徹底ぶりでした。
 何故、彼女をそこまで【歯医者嫌い】にさせてしまったんでしょう?。

 おびえて待っている本人には待合室にいてもらい、お母さんだけ診察室に入ってもらい、その経緯についてうかがいました。
 約1年半前の3才の時、仕上げ磨きをしていたお母さんが右下奥歯に虫歯があることを見つけ、早速近くの歯科医院へ連れて行かれたそうです。その時、早く虫歯を治してしまうことを優先してしまったあまりに、心構えも無いまま治療を受ける羽目になった本人はおとなしく治療できなかったそうです。そこで、やむなく【治療用抑制器具】(*注1)を使用され体が動かないようにされ訳の解らないまま、虫歯の治療を終わらせたそうです。
 治療を始める前までは、治療椅子には自分で座り、泣叫ぶことはなかったそうですが、いざ治療が始まると気が動転したのか暴れ初めてしまい、結局【治療用抑制器具】を付けられる事になったわけです。
 しかし、この事が本人の心の傷になってしまったのです。

 本人の【歯医者嫌い】は、異常な程と思われるようになりました。例えば、ゴミ置き場の‘カラス避けネット’を見ると、おびえた態度になり泣き出してしまうのでした。ひどいときには、喘息のような症状を起こすまでになってました。
 そこで御両親は、心療内科を受診されるよう知人からアドバイスを受け、大学病院へ持病の気管支喘息とアトピー性皮膚炎の治療を兼ねて治療をすることとなりました。
 心療内科では、【歯科恐怖症】、【パニック障害】(*注2)と診断されカウンセリングをおこなうこととなったそうです。

 当院を受診される切っ掛けは、幼稚園のお友達の御紹介で、初診から2か月間は診療室に入ろうとはしませんでした。私は、心療内科の主治医の先生と密に連絡を取り合い、長期戦に構えることにしました。
 今年の3月の下旬にお友達が定期検診で一緒に来院する機会ができ、2人で診療室に入り、椅子にもやっと座ることができたのです。 私は、彼女の手をそと握ってあげて「よく頑張ったね」と一言、声をかけてあげました。 9月の終わりになって予防歯科で来院された彼女は、【パニック障害】を克服し、顔に出ていたアトピー性皮膚炎も環境改善と彼女自身の心の病を御両親、心療内科の主治医が献身的に取り組んでいかれた結果で軽減しました。

 ご両親とそして歯科医師の私は、彼女から学んだことがあります。 それは、『善かれと思った(善意)歯科治療が【心の傷】を発症させてしまう。』ということです。
 目の前の病気を「直ぐに治さなくては」と、周りの人間が急いたことをすることは、善意の押しつけとなり、果ては本人への害ともなりうるのだといううことです。人に合った時間と手間を掛けて行かなくては決して良いことにならないという事です。 ましてや、ご都合主義的に、無理矢理をしてはならないのだと言うこと教えられました。

 現代の医科歯科医療は、【すぐ効く薬】や【最新医療機器】に頼る風潮になっていると思います。
 でも彼女には、【効く薬】や【最新医療機器】は必要なかったのです。
 これからの歯科医療が益々、医科との連携を密接にしていくことが必要になってくるしょう。

 *注1【歯科治療抑制器具】

歯科治療に対して非協力的な患者さんにカラスネット、上下肢を縛ったり、開口器をかけてお口を閉じないようにする為の器具を称します。
使用目的は、歯科治療を安全かつ円滑に行なわせる為です。  
使用する症例は、  
1)身体障害者で身体の自己抑制のできない方(自閉症,脳性麻痺,脳障害のある方など)  
2)痴呆症で術者と意志の疎通が不可能な方  
3)健常者の非協力児


 *注2【パニック障害】

発病前の出来事と身体的要因により発症するということだそうです。  
発病前の出来事とは、歯科治療を円滑におこなうための『歯科抑制器具の使用』と『歯科治療そのものの恐怖』であり、身体的要因とは、恐らく歯科受診時期のお母さんが1才の弟の育児に忙しく、彼女をあまり構ってあげられない環境にあったのではないかとも考えられます。  
心療内科の主治医からは、薬を使わないで日常生活での心がけを母親に説明し、実践していき、病気を克服していくことになりました。



山本先生

 

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